ゆるおに はみ出し209

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はみ出し209
「会話2」


「英雄は――これは死語だな。――独裁者は。歴史のための装置で、用が済めば断罪される。古今東西、共通していることだ。飛ぶ鳥は落とされる」
「落ちないのは死んだ英雄の一部と、非暴力の英雄だけね」
「後者には頭が下がるな」
「ただ、非暴力は、やっぱり英雄止まりなのよ。独裁者ではないから、救済の規模が小さい。犠牲と救済は、数が比例するものだから」
「救済とはまた。宗教じみたボキャブラリーだ」
「感傷的なだけよ。独裁者は望み、選ぶ。救う者を。その結果、排除するべき者を。後者が先に立つ者はまずいないと思うわ。支持者が生まれるから、独裁者は力を持つ。人はそうそう滅びの神を支持しない」
「神が出てきたぞ」
「比喩でしょうが」
「あと人は、怒れる神がわりと好きだと思うが。ソドムとゴモラ系のモチーフとか」
「完全なカタストロフなら身を委ねる者もいるでしょうよ。だけど自分がロト――いえ、ノアで、箱舟に乗れるなら欲が出るわ。そして、箱舟を見せつけてくるのは、やっぱり滅びの神じゃないのよ。救済か支配か、目的はどちらかだわ」
「というか、箱舟を用意してくれるなら、滅びの神と救いの神は同義だな」
「そうよ。それは選民思想で完全化される」

「弥風は――」
「あれは神も王も嫌いなはずよ。民主主義の権化だわ」
「……お前があいつの本質を知っているとは思わなかった」
「行動から逆算できるでしょ。独裁に見えるのは整地行為だわ。自分自身を最初に生贄に捧げた者は、ああいう行為に出るものよ」
「許すのか?」
「許すとか、許さないとか、そういう裁量はないわよ。間違っていても愛しくて、正しくても憎いもの。私は自分の感情を、鉄槌に乗せるエネルギーとして信用してない」
「鉄槌をガツンガツン下すあいつへの批判か」
「批判じゃないわ。勇気も正義もあると思うもの。憎んでいるだけ。あれのやり方が最善手だとは思えないけど……それを上回る最善手を執行できない者に、口を出す権利はないわ」
「代案がなくとも、止める権利はあると思うが」
「止めなければならないかどうかが、そもそもわからないのよ。弥風の目的は維持管理であって、革命じゃないもの。革命を――歴史と文化を冒涜しようとしたのは、むしろ」
「閉じた小世界に、発展の必要はないからな。リスクばかりだった。そう思わせるプレゼンだった。リスクヘッジも目的のひとつだったろうに、お前の師はプレゼンが下手だったな」
「閉じた小世界では、政治家は育たないのよ。外交が行なわれないから」
「兎は怠けるというわけか」
「亀だって怠けるから、兎の方が先行してることには変わりないけどね」
「怠けない亀の話をしているのかと思っていたが」
「…………」

「妊婦と子供は食うな、という掟は、前長老の飛鳥様のお考えから発布されたものだが、おそらくこれは解かれないだろうな」
「正直、その掟は、私にはよく意義がわからないんだけど。倫理観でもないでしょ。騒ぎになるから?」
「それもあるが、本義は倫理観そのものだ。いや、倫理観というのも違うな。飛鳥様は子供がお好きだったから」
「趣味ってことじゃない」
「そうだな。だが、子供が好きだという資質は大事だ。動物も。弱く小さな命を愛でずして、種の繁栄は無いからな」
「……そうね。我らが一族は父にしかなりえず、母性は本来、存在しえない。だから、人間の子供や動物を愛で、そういう気持ちを育む必要があるわね」
「お前がよく、女の鬼には存在意義がないと言っているだろう。意義はそこにあるのでは? 女生まれの鬼には母性が強いように思われる。お前や万羽もそうだろう」
「私のことは――わからないけど。万羽に母性はある? 子供や動物は好きなようだけど――どちらかというと父性に属する女だと思うわ」
「父性フェチが言うならそうなんだろうな」
「うるさい」

「ときおり、典雅のような、異様に女に好かれる男が生まれるだろう」
「偶然ではないと?」
「生殖能力も高い。衰退に歯止めをかけるため、と考えるのが妥当だ」
「妥当って何よ。こじつけの域よ。その調整論に乗るとしたって――生まれた子供が弱いっていう時点で破綻してるでしょ」
「別の法則が噛んでいると推察している。弥風の血筋に聾唖の者が多いように」
「繁栄と淘汰が同時に発生しているということ?」
「弥風は目がほとんど視えない」
「でしょうね。サッケードが不自然だもの。聴覚で先に判断して、それから目で追ってるんでしょ。コンマ単位の後追い運動」
「繁栄と淘汰。アクセルとブレーキが同時にかけられる。我が一族は縮図性が高いから、それが顕著に――雑にさえ見える形で起こるのではないか」
「宗教禁止」
「宗教的に聴こえるのなら結果論だ。見えざる手は、経済学であり社会学だろう。バランスは、時として神の名を冠される、というだけの話だ」
「まあ聞くわ、暇だし」
「定期的に、一族全員の知能指数を計測するだろう。当代でもっともIQが高いのは万羽だ」
「知ってるわよ。私だって採点してるんだから」
「あれは本能的に、突出することを――ブレーキを掛けられる側になることを避けるため、馬鹿を装っているのではないか?」
「それはないわ。あれは素よ」
「だから無意識でだな」
「無意識出してきたら何でもアリになるから禁止」
「見えざる手と集合的無意識に、そこまで差があるか?」
「わかりやすく言い直すわ。理論とファンタジーの境目をあいまいにするの禁止」
「心理学はファンタジーか?」
「仮説はファンタジー。現実と事実だけ認めます」
「そんな暴論あるか?」
「仮説なくして現実の分析は不可能だから、仮説はいいのよ。仮説をさも事実かのように扱うのは禁止」
「頭でっかちの理系女め。リケジョって呼んでやる」
「ひっぱたくわよ」


「私たちを、永遠の世界に生きる者、と感じる人間がいるそうだ」
「ああ、わかりました兄さん。青柳の店主でしょう。そんなことを言うのは」
「そうだね。そんなふうに見えるのか。面白いものだ」
「八十年が倍になっただけで、永遠などありはしないのに。寿命が短いぶん、近視眼的なのでしょうね」
「五倍生きる者もいるけれど」
「八尾比丘尼の半分にも至りません。……ひょっとして、人間、特に女の言う『永遠』とは、不死ではなく、不老を指すのかもしれませんね。青柳の女は美しいですから、なおさらそう感じるのかもしれません」
「永遠とは、一瞬だと思うけれど」
「哲学ですか?」
「いいや、そんな立派なものじゃない。此紀ならこういう言い方をするんだろうね――時間とは連続しているもので、その流れを切り取ったのが現在だ、とか」
「今と永遠とは、区別がつかない、という話ですか」
「そうそう。君は賢いね」
「誰しも。ネズミもネコも人間も、自分を永遠の者だと思っている気がしますけれど。死を見据えて生きている者は、そう多くはないでしょう。自分だけは永遠に生きるかも知れないと、心のどこかで思っているのでは? それが長寿で不老の私たちに反映される。反映? 反射、と言うのでしょうか。あるいは照射」
「私は宣水や此紀と違って、難しいことはわからないけれど――そうだね。私たちを、上位の鏡、と捉える人間は多いようだ」
「じゅうぶん難しいことをおわかりでは? 正確な感じ方だと思います」
「誰しも自分を大事に思っていて、だから、自分の上位のものを愛する。私たちが人間を引き寄せる所以だろう」
「因果関係のスタートは、こちらだと思いますけれど。捕食のために甘い匂いを放つのでしょう。虫を引き寄せる食虫植物のように」
「宣水――いや、弥風は、それを傲慢だと言いそうだ。世界は自分たちのために作られているわけではない、と」
「弥風様がそんな謙虚なことを仰いますか?」
「彼は謙虚だから、あれほど力が強いんだろう。世界が自分たちのものでないと知っているから、自分たちの小さな世界を築こうと頑張っている。可愛いね」
「まあ。馬鹿にしたような言い方ですね」
「そう聞こえるかな? 褒めているつもりだけれど」
「兄さんは褒め方が下手です。いいえ、喋り方が下手。……それでも兄さんは他者の心に入り込むのだから、すごいと思いますけれど」
「言葉が通じるからといって、心が通じるとは限らないし、その逆もそうだろう」
「心が通じている、という自信がおありなのですか」
「自信というか、わかるものだろう。そういうことは」
「兄さんの勘違いかもしれませんよ」
「そんなことはないと思うよ。宣水ならきっと、そうだとしても、それが暴かれることはない、というような言い方をするんだろうね」
「暴かれないのなら、勘違いも真実と同じ、ですか。今と永遠の関係に似ていますね」
「ははは。なるほど。君は賢いね」
「……あなたは確かに私の尊属ですけれど、いつも上から話すのをやめてください。兄さんは本当に話し方が下手です」


「克己の妹は、顔はそれなりに似てるけど、話すとあんまり似てないな」
「ええと……操生様ですか。お話をなさったのですか?」
「少しね。豪礼の映画ライブラリで、同じ映画を探していたから」
「まあ! 少女漫画のようですわ! 悔しい!」
「紅茶が渋くなってしまうから、早く淹れてくれないか」
「あ、失礼いたしました。……どうぞ。……あの、何の映画をお探しに?」
「『シャイニング』。色舞が好きだと言っていたから、観てみようかと思って」
「あら、ご覧になられたことがなかったのですか」
「お前は観たのか?」
「有名作ですので、一度くらいは。お嬢様はあの映画がお好きなのですか」
「私にはよくわからなかった。映像は綺麗だったが」
「豪礼様のライブラリ、『俺の選び抜いた20本』の棚がありますでしょう。すべてを観たわけではありませんが、おそらく外れなしかと思います」
「あの顔と性格で、映画を選ぶ目は確かなのか。わからないものだな」
「古典も新作も、なんでもご覧になるようですわね。あのお年の方にしては拓けていらっしゃいますわ」
「少し前、シン・ゴジラの発声上演のチケットが取れなかった、と言って壁を蹴っていた。あの穴、早く塞がないと、雪が入ってきて、床板が傷むと思うんだが」
「……何を発声するおつもりだったのでしょう」
「知らないが。……やっぱり少し紅茶が渋いかな? ミルクを少しくれるか」
「あっ、申し訳ありません。どうぞ」
「いや、これは葉の問題だろう。こういう主張の強い葉もたまにはいいかと思ったんだが、私には少し合わない。刹那にでも譲るか」
「おじいさまは何でも飲んでいるようですわね。リプトンのティーバッグでも気付かないと思いますわ」
「そういう紅茶はどうなんだ? 不味いのか?」
「いえ、私は普通にいただきますわ。温めた茶器できちんと蒸らせば、それなりに美味しくなります。典雅様にはお出しいたしませんけれど」
「此紀はコーヒー党だが、たまに紅茶も飲んでるな。フレーバーティーが好きらしい」
「美味しんぼに全否定されていた飲み物ですわね。此紀様はお煙草を飲まれますから、香りの強いものがお好きなのでしょう」
「此紀は紅茶の飲み方が適当だな。アールグレイにミルクを入れるのはどうかと思う。柑橘にミルクは合わないだろう」
「左様ですか?」
「レモンティーにミルクを入れるとミルクが固まるし」
「それはミルクのタンパク質が酸で凝固するためであって、だから合わないとは……。風味は好みの問題だと思いますけれど……」
「そもそも私はアールグレイが好きじゃない。あれは女の匂いがする」
「意見の角度がすごい」
「私はスリランカの軽い紅茶が好きだな。お前が淹れてくれると何でも美味しいが」
「まあ!」
「キャンディが飲みやすい。ディンブラやヌワラエリヤは、少し女の匂いがするな」
「……要するに、華やかな香りの紅茶は苦手でいらっしゃるのですね」
「そうなのかな? お前は?」
「私はディンブラが好きです。ディンブラに似た、薔薇のフレーバーティも好きですわ。花をいただいているような気になれますので」
「女らしいな」
「ガーン」
「別に貶してはいない。そういう趣味もあるだろう。色舞の映画の趣味も、お前の紅茶の趣味も、私とは違うが、だからといって何の問題もない。お前はティーセットの趣味がいいね。この形のカップは私の好みだ」
「ウェッジウッドのピオニーです。典雅様にお似合いなのはリーですが、お好きなのはピオニーかしらと思ったもので」
「よくわからないが、それはどうもありがとう」
「典雅様が一番お好きでいらっしゃるのは、きっとランボーンですわね。これはコロンビアセージグリーンですけれど」
「食器のブランドか?」
「その中の、シリーズです。典雅様はあまり派手な柄物よりも、落ち着いた緑系の茶器がお好きかと存じましたので」
「ああ。言われてみればそんな気もする。よくわかるな」
「見ておりますから」
「客があるときは、よく柄物のカップが出てくる気がするが」
「2客以上カップが揃っているシリーズは限られますので……比較的安価なものになります。……ちなみに下品な話ですが、今テーブルに並んでいるシリーズは、全部で30万円ほどいたします……。なるべく他の方に使われないよう、棚の奥にそっと隠しています。乱暴に扱われて、ひとつでも割られると困ってしまいますので」
「その程度を出せないほど甲斐性がないわけじゃないよ」
「いえっ、もちろん存じているのですが。私が貧乏性なのです」
「従者が倹約してくれるのは良いことだ」
「……余計なことだとはわかっているのですけれど、神無様の従者の方が、神無様のお茶を無印良品のマグカップに淹れていらっしゃいます。……神無様に無印良品というのはいかがなのでしょうか」
「別に神無が文句を言わないなら、いいじゃないか。神無はユニクロも着てるし」
「序列三位の方が、ユニクロと無印……」
「お前はブランド志向だが、刹那はヒートテックを着てるよ」
「まあ! おじいさままで。そういった見栄は張る方だと思っておりましたけれど」
「寄る年波には勝てない、ヒートテックは良い、と言ってた。容子もH&Mを着ていると思うよ」
「まあ澄ました顔をして」
「ちなみに私が今羽織っている丹前は、街のモールで四千円だったが、充分暖かい」
「……典雅様は何をお召しになっても素敵ですけれど。……」
「それから私がスーツを着るとき、ペイズリー柄のネクタイを選ぶのは、弥風が嫌がるからだ。ペイズリー柄が嫌いらしい」
「嫌いなものが変わっていらっしゃいますわね」
「どう見てもミドリムシだろ、と言ってた」
「そこはわからなくもございませんわ。……弥風様もミドリムシの形状をご存じなのですね」
「あの鋼鉄製のような弥風にも、好き嫌いがある。良いことだ。何かを楽しいと感じることがあるのだろうし、嫌がらせも通用する」
「まあ」
「私は気付かなかったが、私にはカップの好き嫌いというものがあるのか。面白い。そういうことはどんどん教えてくれ」
「? 承知いたしました」
「好きなものは多い方がいいし、嫌いなものも興味深い。そうして、三百年を飽きずに生きることができる。良いことだ。本当に」





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