ゆるおに そして赤い石

【メニュー】



そして赤い石
「17 そして赤い石」



「予算があるのならば、という前置きがあったことを、強く言い添えたいのだが――」
 その先は言いたくない、という顔をして、刹那が顔を斜めに伏せる。
 長い睫毛と、つんと尖った鼻を持つ刹那は、その角度に顔を傾けると、最大の儚さを演出できる。今は意図しているわけでもなかろうが、三百年生きて、身体が処世術を学んでいるのだろう。
 もちろん、弥風には、美少年の決め顔などは通用しない。
 座卓が指でいらいらと叩かれる。
「早く言え。あの厄介な巫女様が、どんな面倒なことを言い出した?」
「なるべく質の良い瑪瑙か、柘榴石を買えと」
「瑪瑙は――なんとなくわかるが、柘榴石?」
「ガーネットだ。色は赤が良いらしい」
「石のディテールなんか聞いてないよ。だいたい、ガーネットってのはそもそも赤い石だろ」
「いや、俺も今回調べて知ったのだが、緑や黄色のものもある。巫女様はとにかく、赤い瑪瑙かガーネットを買えと言っている」
「あいつ、相場師の真似事もするのかよ。だからいつもなんとなく金を持ってんのか」
「違う。買い付けて売り時を見ろだのという話ではない。ひとつ、美しい石を買い、首飾りにするといいそうだ。それを誰か、霊気の――霊気というのがまあわからんのだが、それの高い者に着用させると、一族の運気が高まるそうだ」
「あいつが首飾りを欲しがってるだけじゃないのか?」
 弥風の脇に控えて話を聞いていた西帝も、同じことを考えた。
 霊気――という語感に印象が近いのは、あの巫女自身だ。一族の運営予算から宝石を買い、横領しようという目論見なのではないか。
 そんな俗物にも見えないが、そうでないという保証もない。西帝は神無の考えることなど知りはしない。兄も語らなかった。あるいは、兄も知らないのか。
 やはり同じことを一度は考えたらしい刹那が、首を横に振る。
「あいつ自身ではないとのことだ。なお、着用者の指定や、指定者の示唆もなかった。こちらで勝手に決めろと」
「意味が解らんが、あいつの言うことは聞いた方が利口だからな。くそ。ちなみに、質の良いガーネットってのは、具体的には幾らくらいなんだ」
「あの世界はピンキリとしか言いようがない。だが、楽天市場で『ガーネット』でキーワード検索をかけ、価格が高い順に表示しても、10万かそこらだった」
「楽天が母体かよ。街の宝石商にでも確認しろよ」
「買うのか? いくらまでなら使ってもいいんだ? 着用者はどうする?」
「10万なら買っていい。それ以上なら相談しろ。着用者は――」
 弥風は湯飲みを持ち上げて、口をつけた。茶は熱めに淹れたが、もう冷め始めているはずだ。
「お前はどう思う?」
 刹那に顔を向けたままだったが、声のトーンから、自分に向けられた問いだということを悟る。
 少し考えてから答えた。
「刹那様がご適任では?」
「俺か?」
 弥風越しに、刹那が西帝を見た。
「普段使いしろとの仰せだぞ。男が首飾りを下げているのは変だろう」
 学生服の美少年が、背まで髪を伸ばしている時点で、一般的には充分に変である。
 浮世離れした美少年は、首を傾げた。
「服の下に隠すにしてもなあ。うちは従者が雑だから、宝飾品の手入れなんぞできる気はしない。できれば遠慮したい」
 じゃあ自分で手入れすりゃいいだろ、と西帝などは思うが、刹那ほどの年齢と格の鬼ならば、そうした発想は持たないのだろう。
 弥風が面倒そうに呟いた。
「そもそも、霊気ってのは何なんだよ。それが高いのは誰なんだ? そこを聞いて来いよ」
「聞いたが、いつもの調子で煙に巻かれた。要約すると、俺たちがその言葉からイメージする者でいいそうだが」
「100人アンケートなら圧倒的に神無だろ。その他の回答から選べってことか」
 1位が神無ならば、2位は刹那であろう。
 それ以下から選ぶのであれば、誰であっても大差ない気はする。しかし巫女様のご神託とあらば、適当に指名するわけにも行くまい。
 弥風も刹那も、同じようなことを考えているらしい。
 しばらく間を置いて、刹那が言った。
「豪礼はどうか。なんか高そうじゃないか、霊気」
「赤い石の首飾りだぞ。絶対着けないだろ」
 着けないだろうと思う。
 序列から見ていくならば、万羽の名が挙がるべき順だったが、飛ばされた。
「君の孫娘なら、血筋的には問題なさそうだし、似合うんじゃないか」
「蘭香か。従者位の者が、きらびやかな装飾品を普段使いするのは、体面が悪かろう」
「もう一人の孫娘はフリーだろ」
「杉本か? あいつ霊気高いか?」
「だから、その霊気ってのが何なんだか――」
 そう言いかけて、弥風は西帝を振り向いた。
「お前も血筋としては問題ないが」
「いえ、私は――というか私を候補に入れるくらいならば、姉の方がまだ適任かと思いますが」
「皇ギか」
 師は嫌そうな顔をして、それでも考慮したようだった。
「悪くはないのか。どうだ、刹那」
「血筋は問題ないな。霊気というイメージからも、まあ、メチャクチャ離れているというわけでもなかろう。赤い石の首飾りも似合うのじゃないか」
「一族の予算で、あいつにそこそこ高価な宝石を買ってやることになるのが気に入らない」
 師は、西帝の父と、姉、ついでに兄のことを嫌っている。理由もなんとなくはわかる。
 ぱん、という音が聞こえた。刹那が両手を打ち、弥風が座卓を下から打った、その両方が重なった音だ。
「此紀でいいのではないか?」
「それだ。あいつは耳飾りも赤い石だし、合ってるだろ。解決だな」
 此紀の意志を一切問わずに、話が纏まった。
 あの女鬼の地位は、こうして下々の知るところになる。血統も悪くはなく、一族でもっとも高い学識を持ち、美しい女でもあるが、軽く見られることが多いのは、周囲の扱いのせいだ。
 ある日突然、それなりに高価な宝飾具が贈られる。それ自体は悪い話ではないのだろうが、着用を義務とされている。
 自分の知らないところで決定事項となり、拒否権がないというのは、理不尽な話に思えた。
 此紀の耳飾りは、大きな赤い石だ。首飾りまで赤い石にしてしまうと、普段使いにしてはくどい。あまり似合う気はしなかった。
 しかし弥風と刹那には、そのような感性はないようだった。
「巫女様からチョコレートをもらったが、お前は食べるか」
「僕はいらないが、西帝が食うだろ」
 食わない。西帝は甘いものを好まない。
 しかし、黙って頭を下げておく。
「では置いていく。石についてはまた後日」
「ああ」
 刹那が座卓に置いた、クリーム色の小箱を、西帝は少し醒めた気分で眺める。



 思った通り、兄の部屋には、甥もいた。
 そもそも、ここは甥の部屋でもあるのだった。桐生は自分の部屋を持っていない。
 寝転んでテレビを見ていた兄は、「おう」とだけ言って身動きもしない。座って本を読んでいた甥は、顔だけは上げた。
「叔父さん、なんかシケたツラしてるね」
「俺と一番ツラが似てるのはお前だよ」
「俺の方が可愛いよ」
 桐生は口が悪い。意外にも、そのことを知らない者が多いらしい。外面が良いためだろう。そういうところは兄と似ている。
 口の悪い甥に小箱を差し出す。
「お前チョコレート食べる?」
「甘いものは好きじゃないからいい」
「うわ、そのチョコ」
 反応を示したのは兄の方だった。身体を起こして、西帝の持つ小さな箱を見ている。
「戻ってきた。呪いのチョコかよ」
「ああ、出所は神無様だから。まあ戻ってきたことになるのか」
「神無様つうか。白威が女からもらってきて、神無様に出そうと思ったんだが、忘れてる間に賞味期限の切れたチョコだ」
「じゃあ神無様じゃなくて、あんたが刹那様に渡したわけか。賞味期限の切れたチョコを回すなよ」
 兄に箱を放る。うまくキャッチされた。
「賞味期限のシールは剥がしたから、バレねえかと思ったんだが。すぐ腐るもんでもねえだろうし」
「自分で食えよ」
「戻ってきたなら、仕方ねえからな。食うよ。桐生、コーヒー淹れてくれ」
「ああ? やだよ。せめてジャンケンだろ。俺は緑茶」
「可愛くねえな。老い先短い父に、コーヒーくらい淹れてくれよ」
「あんたはあと百年くらい生きるだろ。叔父さんは怪しいけど」
「俺だって百年くらいは生きるよ!」
 チョコレートを渡してさっさと帰るつもりだったのだが、流れでジャンケンに参加してしまったため、しばらくは居ることになってしまった。
 負けた桐生が、文句を言いながら部屋から出ていく。
 襖が閉まり、足音が遠ざかったことを確認してから、小声で言った。
「あいつ絶対グーから出すよね」
「子供の頃からそうだから、周りも知ってると思うんだが、誰もあいつに教えてやらねえんだよな」
 パーで勝った者同士でそう言い合う。もちろん教える気はない。
 兄の手におさまる程度の小箱が、茶色のリボンを解かれ、蓋を持ち上げられる。美しい小粒のチョコレートが三つ入っていた。
「ひとり一個な」
「いらないって。大体、何その中途半端なチョコ。どういう経緯でもらったの?」
「知らねえよ。あいつしょっちゅう、こういうよくわかんねえもんもらってくるんだよ」
「まあ白威さん、女が何か小さいものを買ってやりたくなる顔してるよな」
「わからんでもない。あいつババアにモテるしな」
「神無様のこと?」
「お前、事実だからって言っちゃいけないことあるだろ」
 部屋の中を見渡したが、他に座れそうな場所がなかったため、桐生が使っていた座椅子に腰掛ける。
「甥の温もりが残ってる」
「気色悪いな。押し入れから座布団出して使えよ」
「もう座ったから動くの面倒くさい。なあ、神無様の予言で、此紀様に余波が行きそうなんだけど、もうちょっと色々どうにからならないの?」
「予言? 知らねえが」
「多分、そのチョコの受け渡し時の話だと思うけど」
「ああ、ええと、首飾りがどうこうとかいう。あれは予言つうか、アドバイスなんじゃねえの? 風水師みてえな」
「そのアドバイスで、此紀様がいきなりネックレス押し付けられて、ずっと着けてろって言われることになるんだけど」
「白羽の矢は此紀様か。刹那様あたりでもいいんじゃねえかと思ったが」
「俺もそう言ったけど、嫌だとさ。神無様がもう少し気を利かせて、立場の弱いもんに回らないような言い方してくれるとか、そういうさあ」
「神無様にそんな要求しても無理だろ」
「なら、あんたか白威さんが間に入って、ちょっと言い加えてくれたらいいじゃん」
「駄目なんだよ。媒介が入ると精度が落ちる。らしい」
 チョコレートをひとつ口に放り込んで、兄は少し渋い顔をした。
「駄目だ。これ賞味期限が切れると、一気にまずくなるタイプのチョコだ」
「あんた意外と菓子の味とかわかるよね」
「自分でも作るからな。意外は余計だ」
「姉さんに持って行こうかとも思ったけど、まずいんならあんたに戻してよかった」
 兄がテレビを消した。部屋がしんと冷えたように感じる。暖房は強いほど効いているのだが。
「そういえばネックレス、姉さんにっていう意見も一瞬だけ出た。っていうか俺が出したんだけど。姉さんって、アクセサリーとかうるさいんだっけ」
「知らんが、いつも金とか銀とかの、石がついてねえアクセサリーつけてる気がする。あとは真珠とか」
「よく見てるな」
「普通だろ。顔が暗いから、色つきの石とか似合わねえんじゃねえか」
「姉さんは綺麗だよ」
「まあ知ってるが、和装の頃のほうが良かったな。姉貴は体格がごついから、洋服が似合わねえだろ。髪飾りなんかも、べっこうの櫛とかかんざしとか挿してて、子供心に綺麗だった。飴細工みたいで」
「正月とかに晴れ着を見ると思うけど、和装すると姉さんが一番いいよな。身内のひいき目なしで。万羽様は顔が洋風だし、此紀様は体型が和服向きじゃないし、神無様は七五三みたいだし」
「七五三みたいで愛らしいだろ。俺は女の帯をうまく結べねえから、白威が器用で助かるわ」
「東埜とかは普段から大変そうだけど、あんたらは正月くらいだからいいじゃん。神無様、いつもは適当な服着てるだろ」
「俺たちだってもうちょいマシな服を着てもらいてえけど、神無様が面倒がるんだから仕方ねえだろ。髪なんかも白威が切ってるし」
「だからいつもなんか不揃いなのか。身なりくらいちゃんとさせろよ」
「お前が言うかよ」
「俺は男だからいいんだよ。ていうか兄貴も、ヒゲくらい剃れよ。弥風様がよく怒ってるぞ」
「俺がこざっぱりすると、典雅様と競っちまうからなあ」
「ファミ通の攻略本くらい大丈夫だよ。心配なくこざっぱりしろよ」
 男兄弟特有の、淡々とした軽口を叩き合っていると、部屋の襖がノックされた。
 桐生が戻ってきたのかと思ったが、「居るか?」と聞こえてきたのは違う声だった。
 誰の声か、西帝が考えている間に、兄が応えた。
「居るよ。別におかしなことしてねえから、入っていいよ」
 襖が開く。
 白威だった。兄の弟弟子。優しげで整った顔をしているが、少し影の薄い印象がある。
 西帝を見て、会釈してきた。
「君も居たのか」
「一族のスリーメガネのうち、ツーメガネが揃ったね」
「何を言ってるんだ君は。――ん」
 兄、というよりも、兄の持っている小箱に視線が止まった。
「どうしてお前が食っているんだ」
「刹那様から弥風様、弥風様から西帝、西帝から俺に巡ってきたんだよ」
「呪いのチョコレートじゃないか」
「ポジティブに捉えろよ。運命のチョコレートだよ」
 先程までは自分も呪い呼ばわりしていたくせに、適当なことを言っている。
「メッチャうまいぞ。食う?」
 本当に適当なことを言っている。
 白威は「要らない」と素っ気なく言いながら襖を締めて、部屋に入って来た。押し入れを開け、座布団を出して座っている。いかにも来慣れている様子だった。
「兄貴に用事? 出て行こうか?」
「いや、別に用はない。父に来客があるから、部屋を出たかっただけだ」
 そういえば白威も、桐生と同じく、個室を持っていないらしい。
 部屋の割り振りを担当しているのは刹那であり、どうやら上納金の月額によって決定されるようだった。西帝は、師の部屋の隣室を強制的に割り当てられたため、通常の納金で個室を持っているが。
 弥風に師事する前は、西帝もこの部屋で暮らしていた。当時はまだ桐生も幼く、この八畳の部屋を三人で使っていても、それほど不便を感じた記憶はない。
 兄がチョコレートを一粒、白威に向けて放った。西帝と同じく眼鏡で視力を矯正しているらしい白威は、うまく遠近感を掴めないのか、取り逃した。畳の上に落ちて転がる。
 どちらかというと西帝のほうに近い位置まで転がってきたため、仕方なく拾い、口に入れた。
「うわ、まっずい。油粘土みたいな味する」
「だろ。あと一個、なんとしても桐生に食わせようぜ」
 食わされそうになった白威が兄を睨む。
「捨てたらいいだろう」
「菓子捨てるのって、なんか抵抗あるんだよ。なんか面白い話してくれ」
「脈絡なく無茶振りをするな。……最近肩凝りがひどいから、先月、街のマッサージ店に行ったんだが」
「エロマッサージ店?」
「ノーマルマッサージ店だ。最初に当たった若い男のマッサージ師が、俺の肩を触るなり、『自分の手には負えないから、店長を呼んでくる』と言い出してな」
「ふんふん」
「出てきた店長が、四十がらみの、まあ美人と言えなくもない、厚化粧の女だった。あれはあの女店長が、自分の好みの男を雇っている店だな。しかもおそらく、女店長好みの男の客が来たら、自分を呼ぶように言ってあるんだろう」
「結構面白い。70点」
「まだオチていない。カルテに電話番号の欄があったから記入したんだが、ときどき女店長から『肩の具合はどうか』と電話が来るようになってな」
「ほお」
「昨日、とうとう食事に誘われた」
「面白い。80点。それ店長つか、オーナーなんじゃねえの? 結構金持ってんだろ? 行った方がいいな」
「『俺は結婚しているので、友達を紹介する』と言ってしまった」
「美人なんだろ? よし任せろ」
「いや、お前はたぶんあの女店長のタイプじゃない」
 と言って、白威は西帝を見た。
「え、俺? 嫌だよ、そんな強欲ババアの生贄になるの」
「雇っていた男たちを見るに、線が細めのタイプが好きらしい。胸が大きかったから、桐生君にどうかとも思ったんだが、あの女店長は君の方が好みだと思う」
「嫌だよ」
「別に悪い話じゃねえだろ。そのババアと一回会ったら、何回ガチャ引けるか考えれば」
「悪魔かあんたは。そう言われると考えちゃうだろ」
 そこへ桐生が戻ってきた。足で襖を開け、湯飲みの乗った盆を持って入ってくる。
 兄が「こら」と叱った。
「行儀の悪い」
「手が塞がってるんだからしょうがないだろ。あ、白威さん、どうも。一族のスリーメガネ中ツーメガネが揃ってるね」
「なんで君たちは同じことを言うんだ?」
 桐生はまた足で襖を閉めて、一つめの湯飲みを白威の前に置いた。二つめの湯飲みを西帝の前に。三つめに自分で口をつける。
 兄が抗議した。
「普通! お前が遠慮するとこだろ!」
「なんで俺が飲みたくて淹れた茶を、俺が我慢しないといけないんだよ」
「こっちはチョコで口の中がべたついてるんだよ! お前の茶を半分よこせ」
「間接キスになるから嫌だ」
「間接も直接もあるかよ。誰の精子から産まれたと思ってんだ」
 白威が「どういう理論だ」と言いながら茶を飲んだ。
 西帝も茶を啜る。飲みやすい温度の、丁寧に淹れられた緑茶だった。
 桐生が自然に西帝の膝に腰掛けてきた。他に座るところがなく、座布団を出すのも面倒だったのだろう。
「お前メチャクチャ重くなったな」
「だろうね。たぶんもう、叔父さんより体重あるよ」
「体重はともかく、身長抜かれたら結構ショックだから、できればこのくらいで安定してくれ」
 桐生の死角から、兄がチョコレートを投げてくる。キャッチした。
 二人羽織りのように桐生の口に入れる。
「まずい! 粘土みたいな味する!」
「なんで君たちは粘土の味を知っているんだ。あと、なんで自然に叔父の膝に座れるんだ、その年で」
「9ちゃいだから」
 さらりと適当なことを言うのは血筋だ。
 ふと思い出した。
「なあ桐生。此紀様って、赤い石のネックレスとか着けるか?」
「え? いや、そもそもネックレス自体をあんまり着けないと思う。あと赤い石って、此紀様はピアスが赤い石だろ。ネックレスまでかぶらせないだろ普通」
「だよなあ。俺もそう思うんだけど」
 この部屋で同情したところで、弥風の決定が覆るわけではない。
 「そういえば」と白威が言った。
「前から気になってたんだけど、弥風様のピアスには何か謂れがあるのか? あの方はアクセサリーなんかに興味がなさそうなのに」
「ああ、なんか子供の頃、お父上に開けられたとか仰ってたかな。まじないみたいな? お父上の話を掘り下げると不機嫌になるんで、あんまり詳しく聞けなかったんだけど」
「ピアスって、三百年も前から日本にあったのか?」
 これは兄の問いだ。甥が答えた。
「千年以上前からあるよ。此紀様も昔から開けてたらしいし」
「ほお。そういや弥風様、式典とかの時は腕輪だのもジャラジャラ着けてるよな。年寄りは結構まじないとか気にするよなあ。神無様もそうだが」
「親父も充分年寄りだよ。もうちょっと色々気にしろよ」
 そう言いながら桐生が立ち上がり、兄に近付いて、飲みかけの茶を差し出した。そのまま兄の隣に座る。
「父の膝には座らないのか」
 白威が尋ねると、桐生は嫌そうな顔をした。
「なんでこのオッサンの膝に座らなきゃいけないんですか」
「選んでるのか」
「そりゃ選びますよ。叔父さんと俺なら、まあ顔が似てるから兄弟なんだろうなと思われるでしょうけど、俺と親父だと、関係性がわかんなくて不気味でしょう」
 意外と世間体を気にした基準で選ばれていた。
 白威が茶を啜りながら西帝を見る。
「確かに桐生君と君は、よく見れば似てるんだが、あまりそういう印象がないな。……君はコンタクトにしないのか?」
「いや、なんかもうメガネに馴染んでるから。顔を出すのは落ち着かないっていうか。白威さんこそ、コンタクトにしないの?」
「俺はメガネ顔だから」
「は? そう? よくわかんないけど」
「ほら」
 と言って、白威は眼鏡を外した。
 穏やかなハンサムと言えるが、さらに影が薄く感じられる。
「なるほど。そうかも」
「納得されるのも複雑な気持ちだが」
 眼鏡を装着すると、それなりに目を引くハンサムが戻ってきた。
 血筋で言うのなら、白威は西帝らよりはるかに、低い――というよりも、薄い。年寄りに言わせれば、弱い、ということになるのだろう。
 霊気は無さそうだ。
 霊気とやらが何なのかは知らないが、なんとなく、ありそう、なさそう、という印象はある。そしてそれは不思議なことに、共感性が高いようだった。少なくとも、弥風と刹那と西帝の判断は、ほぼ一致している。
 そういう印象そのものが、霊気というものなのかも知れない。後付けの因果。スタートとゴールの継ぎ目が消える。
「俺は鼻眼鏡を四つくらい持ってるんだが」
 霊気のなさそうなことを兄が言い出す。
「白威は鼻眼鏡も似合うぞ。鼻眼鏡界で一番の美男子だと思う」
「まあな」
 意外とまんざらでもなさそうに、鼻眼鏡界で一番の美男子が肯定した。
 桐生の懐からラインの標準着信音が鳴った。スマートフォンを取り出して確認している。
「女か?」
「女か?」
「女か?」
 いかにもおっさんらしい質問が重なってしまった。
 桐生がおっさんを見るような目になる。
「此紀様から呼び出しが来ただけだよ。じゃあな」
 立ち上がり、部屋を出て行った。
 ああ言いつつ、女からの連絡だったのかも知れない。
「ああ言いつつ、女からの連絡だったんじゃねえの?」
 兄と思考が被ってしまった。
 白威が茶を啜りながら「モテるな」と言った。
「羨ましい。彼くらい若くて可愛らしかったら、何も怖いものはないな」
「あいつ犬が怖いらしいぜ」
 そういえばそうだった気もする。桐生は動物が苦手らしい。幼い頃、動物園に連れて行ったが、キリンを見て「でかいから怖い」というシンプルな理由で泣いていた。
「兄貴もあんまり動物好きじゃないだろ」
「普通だが、ウサギとか、表情のない小動物は、なんとなく怖い」
「あんたウサギ怖いの? へえ」
 喧嘩をした時にけしかけてやろうかと考える。
 白威が溜め息を吐いた。
「猫を飼いたい」
「ふーん。白威さんは猫派か。飼えば? 猫なら許可は下りやすいだろ」
「父が嫌がるんだ。昼に刹那様の猫を世話しているから、自分の部屋でまで猫を飼いたくないと」
「白鷺さん、あんまりそういうこと言うイメージないけどな」
「よく俺の父の名前なんか知ってるな」
「え? そりゃ知ってるよ」
 白威の父は、西帝の師の部屋を訪れる機会が多い。互いに、もう少し身なりに構えばいいのに、と思っている間柄である。
「白鷺さんって、アクセサリーの手入れとかできる?」
「うん? そういうものを着けているところを見たことがないから、そもそも持っていないと思うが……。え? 君、ああいう趣味か? 贈るのか? 変わってるな」
「違いますよ。あの巫女様のご神託の件、刹那様がうまいこと引き受けてくれたら、周りに余波が広まらなくて済むから」
「ああ、首飾りの……。確かに刹那様ならお似合いだろうな。父はそういうものの手入れには向かなさそうだが」
「やっぱりか。あんたらの師のご神託、もうちょっと親切だといいんだけどな」
 兄が小さなひよこのぬいぐるみを投げてきた。額で受ける。
「あいて。思ったより硬い」
「神無様の悪口言うなよ」
「何このひよこ?」
「UFOキャッチャーで取れたからやる」
「すげえ要らない。悪口じゃなくて、もうちょい波風立たないようにしてくれたら助かるって話」
「そんな政治的手腕を求められてもな」
「師が外交できないタイプなら、従者が潤滑油になるべきだろ」
「永世中立国だからいいんだよ」
 本当に適当なことを言っている。
 埒は明くまい。
 白威が何かを呟いた。
「何? 聞こえなかった」
 尋ねた西帝に小さく頷いて、白威は言った。
「空手の者を貶めたいのならば、与えてから奪うといい」
「はい? 何の台詞? 映画?」
「誰も貶めないため与えない。持っている者から奪うつもりもない。結局、装置であるほうが、円滑なのだろう」
「歯車はヒューマンエラーを起こさねえからな」
 兄が相槌を打った。
 何の話なのか、西帝には皆目わからない。
 茶を啜りながら、「神無様のお言葉だよ」と兄が言った。
「あんまり喋らんからわかりにくいだけで、神無様は神無様で、考えて動いてるよ。それを邪魔できねえから、俺たちは歯車になる。潤滑油はまた別のセクションで用意してくれ」
「なんか独善的だな」
「お前には最善手が指せるのかよ。神無様や、弥風様や、刹那様や、あと親父とか。そのあたりがバラバラに動くと、とっ散らかるから、歯車噛ませて繋ごうとしてんだろ」
「え、そんな大局的な話だったんだ」
「長寿の方って、妖怪みたいなとこあるだろ。視えてるものが違うんだろうよ」
 そうだろうか、と西帝は考える。
 少なくとも、弥風が目指すところはわかりやすい。目標のための足運びがまったく乱れない。ノイジーなところがなく、搭載した磁石の針は、ぴたりと同じ位置を向いている。だから弥風の視線の先は、西帝にも見える。
 西帝がそう言うと、白威のほうが答えた。
「歩くのは、至っていないからだろう」
「まあそういう言い方もできるんだろうけど、誰も至ってないだろ」
「弥風様は弥風様の目的地へ。そこが神無様の目的地だとは限らない」
「何の話だっけ?」
「神無様には大局が視えている、という話だ。弥風様は登山の最中なんだろう。航空カメラの映像はチェックできない」
「ええと――それでも、自分の位置は地図で確認できるんじゃないの?」
「できるんだろう。弥風様軸ではなく、神無様軸の話だ。神無様の目は航空カメラで、神無様の予言は航空写真。……だそうだ。神無様は無口でおられるから、勝手に噛み砕いた結果だけど」
「なんかなあ。外側にいるって感じだ」
「それで合っているんだろう。ただし、内側からは出られないのだそうだ。飛行機は大気圏を突破できない」
「大局を『ある程度は』見られるってこと? だから赤い石のネックレスまでは指定があっても、着用者は無指定?」
「少し違うと思う。着用者を指定しなかったのは、刹那様がたに決めさせるためだろう。要するに『刹那様がたが選んだ者』という着用指定だ」
「時かけ的なSF話かと思ったけど、もっと即物的っぽいな」
「この世にファンタジーは存在しない。即物だ。とも時々おっしゃっている」
「巫女様っぽくない台詞だな。神無様はラプラスで、ほぼファンタジーじゃん」
「ラプラスは10㎞のタマゴから出るぞ!」
「兄貴まだポケGOやってんの?」
「神無様のスマホで集めさせられてんだよ。あの方は携帯を携帯しねえから、ポケGO専用機になってる」
「神無様は巫女じゃない」
 自分のスマートフォンを取り出し、画面を操作しながら、白威はそう言った。
「神無様は祈る神を持たない」
「神っていうのは暗喩じゃん? アカシックレコード。神無様はその記録情報を読み上げる係」
「君はそういうものだと解釈しているのか」
「百発百中の予言なら、そういうもんじゃないの?」
「そうか」
 白威がツムツムを開始した。
 何か講釈が始まるのかと思ったが、黙ってミッキーマウスを積んでいる。
 兄がヤングマガジンを開いた。一世紀半を生きているとは思えない熱心な目で、グラビアを吟味している。
「あんたら余暇の過ごし方が大人げないな」
「お前の部屋のフィギュア陳列棚は三十の男に相応しいのかよ」
「金かかるから、大人の趣味だよ。兄貴はともかく、白威さんって、スマホで暇潰しするタイプだったんだ」
「無心になれる」
「ストレス溜まってるってこと?」
 無言で、白威はミニーマウスを消している。
 兄がグラビアのページをめくった。
「おお、胸でけえ。なんか平成の女ってみんなこういうのだよなあ。最近、若い女の区別がつかねえんだが」
「最近かよ。その年まで区別がついてたんなら、現役が長いよ」
「AKBとかも、神7くらいしかわからん」
「そこ把握してたら、あんたの年なら充分わかってる方だよ」
「ももクロは一番かわいい子しかわからん」
「それはあんたの裁量だろ。そういや、次の子供とかって作ったりしないの?」
「お前は親戚のおっさんかよ」
「正当な血族で傍系二親等だよ。もっとも問う権利を持ってるよ」
「お前がまだ小せえのに桐生ができた時は、ほぼ二児を持つシングルファザーだったなあ。あれで老けたから、しばらく子供は考えてねえ」
「西帝君は手の掛からない子だから良かったろう」
 ツムツムと積みながら、白威がそう言った。
 子供の頃のことはあまり覚えていないが、兄や姉、ときに白威が世話をしてくれたことは、さすがに忘れていない。血縁こそ遠いのだろうが、白威にはそれこそ、兄とは言わずとも、親戚と言える程度の親しみは感じている。だから同じ部屋にいても、あまり存在が気にならない。
 白威自身よりも、白威と兄との間に走る、微妙な緊張感のほうが、西帝にはプレッシャーとなる。これは上のきょうだいを持つ者の、本能的な嗅覚のようなものだ。
 兄と白威は、おそらく見かけほど親しくはない。兄弟弟子というよりも、同僚だ。友情は存在しないように見える。
 白威は、西帝や桐生には笑顔を見せるが、兄には冷淡な表情で接している。おそらく自覚はないのだろう。嫌っているというよりも、緊張しているように見えた。
 兄の方は、表面的には誰にでも同じように接する。しかし、やはり女きょうだいを持つ者の勘で、自分が相手からどう思われているかを、正確に読み取る。白威から好かれてはいないことを、当然知っているはずだ。
 西帝が気安く言及できない、短からぬ年月を経て積み上げられた防衛線が、両者の間には敷かれている。
 自動的に、部屋を出にくくなってしまった。今は西帝自身が潤滑油だ。
「白威さん、最近何作ってんの? 畑で」
「もう少ししたら白菜が収穫できる。漬けて、麓の無人販売所に出す」
「副業?」
「二束三文だよ。どうせ誰も食べないから、せめて消費させたい。朝に出しておくと、夜にはなくなっているから」
「そういうのってまだあるんだ。毒とか入ってたらどうすんのって気になるんだけど」
「……さすがに出品の申請くらいするけど、ああいうところは信頼関係で成り立っているから。入ってないよ。毒は」
「出した時点ではそうでも、通りすがりの悪者が入れるかも知れないじゃん」
「確か、監視カメラは一応ついていたと思うけど、あの村でそんな事件は起きないだろう」
「毒とは言わなくても、体液とか」
「どうしてそう事件に発展させたがるんだ。やるのか? 村長に通報するぞ」
「やらないよ。そういうのの防犯面が気になるってだけ」
「君は子供の頃から想像力が豊かだったけど、あんまり危ないことを考えるなよ」
「評価が保育士っぽいね」
「君は俯瞰で物事を見る癖がある。豪礼様が映画をお好きなのと関係あるのかも知れないな」
 こういう正確な観察眼を、あるいは兄も恐れているのかも知れない。
 横目で見るが、兄はまだグラビアをめくっていた。
 白威は積むのをやめ、今度はチェスのアプリを起動している。
「飽きっぽいな。あと、白威さんチェスやるんだ」
 驚いたように白威が顔を上げる。
「なんで君からわかるんだ? 消音にしてるのに」
「眼鏡に映ってるから。反射? いや、照射って言うんだっけ?」
「ああ」
 なるほど、と頷いて、白威は再びスマートフォンの画面を見た。
「照射というか、反映だと思うが。神無様の予言も、そういうシステムかも知れないな」
「どういう話?」
「神無様が発して、受けた側が実現する。予言は成就される」
「最初は年寄りもそういう見解だったらしいけど、それを否定する多くの事例が起きちゃったらしいよ。それに失くし物探しとか、その理論だと、神無様の自作自演ってことになるじゃん。蘭香さんの髪飾りを盗んで、刹那様の部屋に仕込んだりっていう。しないだろ」
「俺はその片棒を担いだことがあるよ。万羽様の指輪を盗んで、庭の池に沈めた」
「えっ」
「は?」
 兄がぎょっとしたような顔をして雑誌を閉じる。
「初耳だぞ。マジかお前」
「嘘だ」
 さらりと言って、白威は画面から視線を外しもしない。
「だが、俺がこういう嘘を西帝君に吹き込み、西帝君がまた誰かに吹き込んで、伝播すると、神無様の予言は自作自演のインチキとなる。言いたいのはそういうことだ。神秘も詐欺も装飾次第。騒ぐほどに装飾が増えて、実態から離れる。予言を成就しようという意志が介在すると、しなかった時とは違うことが起きる。そのとき、神無様の予言はむしろ外れる。それを待っているのかも知れないな」
 言っていることがよくわからない。
 いや、半分ほどはわかるのだが。
 兄は無言で再び雑誌を開いた。
「白威さん、意外と霊気あるんじゃないの?」
「そんなよくわからないものはない。血と肉と綿とウールとポリエステルでできてる」
「洋服もカウントするなら、眼鏡の素材も入れたら?」
「じゃあ、チタンとガラスも」
「霊気ってこう、強さとか神秘性とかに宿ると思ってたんだけど、知性にも宿るのかな」
「たぶん、首飾りは此紀様に行くんだろう。神無様のお言葉の時点でそう思っていた。此紀様は豪礼様などと比べると、強くも神秘的でもないが、とかく知性に秀でておいでだから、冷たい印象がある。霊気は冷気でもあるだろう。霊気という言葉に、暖かい印象はないから」
 神無の予言は、刹那に直接伝えられる――ことになっている。兄が言ったように、媒介を入れない決め事があるのだろう。
 だが、間に白威を入れてもいいような気がした。白威はおそらく、見掛けよりも、深淵に近い。兄よりも。
 そして神無より、それを説明する能力に優れている気がした。
 勘だが。
 女きょうだいを持つ男の勘は当たるものだ。
「赤い石のネックレス、白威さんに行くべきだったかも知れないな」
「それはないだろう。でも、そう言ってもらえるのはまんざらでもないな」
 少し笑って、白威は黒いマスに駒を進めた。





EP集 トップへ戻る


スポンサーサイト