ゆるおに 麒麟児と俺 その3

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麒麟児と俺 その3
「19 麒麟児と俺 その3 『私の虎』」



 ことを終えたあとに化粧を直さない女も、かといって落とすわけではない女も、珍しいような気がする。
 東雲はあまり女を観察する方でもないが、だいたいの女が、早く洗面台に行きたがることくらいはわかっている。髪を梳かし、粉や綿棒やティッシュペーパーを使って、顔を作り直している。女は大変だなあ、といつもベッドで煙草を吸いながら考えていた。
 その点、沙羅は布団にくるまり、もう寝る気でいるようだった。疲れたのだろう。
「泊まって行くんですか」
「悪いか」
「別にいいですけど、煙草吸ってもいいですか」
「駄目だ」
「俺の部屋で、なんて態度がでかい女だ。乳も尻もでかいから許しますけど」
「殺してやる……」
 布団にくるまったまま、呪いの言葉を見舞ってくる。ドレッドノート級の態度だ。
 身体の肉付きで言うのならば、沙羅は大変、東雲の好みに合っている。柔らかい脂肪が全身に乗っており、どこに触れても、適度な弾力がある。腰だけは引き締まっているために、シルエットが異常に官能的だ。
「あなた体型はめちゃくちゃスケベなのに、プレイは淡白ですよね」
「……よく言われる」
 布団が丸くなった。拗ねたのだろう。
 この乳と尻のでかい妹弟子は、おそらく、男を嫌いな性質ではない。目をつけた男を篭絡する手段として、その豊満な肉体を使っているはずだ。
 だが、その行為を楽しいと感じることは、あまり無いのだろう。
 師とは正反対である。
 布団からもぞもぞと、顔の上半分だけが出てきた。
「……此紀や。万羽のような体型に生まれていれば、私ももう少し、素直な女になれたかも知れない」
「なんすか急に」
「だから……こう。……体型が気になって、集中できないというか」
「めんどくせっ」
 ぎろりと睨まれた。
「男にはわかるまい」
「此紀様は知りませんけど、万羽様はよく鉄アレイ持って歩いてるじゃないですか。俺のこのボディも、筋トレによって作られた、努力の成果ですよ」
「まあ。お前はトランジスタグラマーだな」
「あっ! 身体を鍛えた男の唯一の弱点を、ど真ん中から突いてきたな! そりゃあ、あなたが想定する比較対象は豪礼様でしょうから、俺は背が低く見えるんでしょうけど! これでも明治生まれとしてはでかいんですよ!」
「褒めたつもりだ」
「あなたがぽっちゃり具合を褒められても不機嫌になるのと同じで、男にとって身長の話はデリケートゾーンなんですよ」
 ふうん、と言いながら、大きな目で見上げてきた。顔の作りが濃い女であるから、何気ない視線にも力がある。
「ぶっちゃけ、不感症なんですか?」
「……それがだな」
 怒るかと思ったが、存外、真剣そうな表情になった。
「自分ではわからない。私はその、そうなのか?」
「うわ、一戦キメたばっかりの女に、逆に聞かれると、こっちの不手際を指摘されたような気持ちになるな。ダメージを受けました。謝ってください」
「すまない」
「許したので話を戻しますが、男との相性が悪いんじゃないですかね。あなた、そんなに数打ってないでしょう」
「……うん? 男との相性のせいなら、なぜ私が謝らされたんだ」
「多少の演技は礼儀のうちなので、そっちが誘ってきた時くらいは、せめてもうちょっと楽しそうにしてくださいよ」
 一年三百五十日、その手の演技を多少は行っている東雲からすると、沙羅のように、「あ」「痛い」「ん」、しまいには「まだか?」と、思ったことをすべて言う、そのうえ思ったことしか言わない女は、あまりにもサービス精神に欠けている。
 東雲の愛人には、風俗で働く女がいるが、そちらはサービスが万全である。化粧で作った美人で、スタイルも平凡だが、売れっ子だ。だから愛人にしている。
 沙羅はもちろん、その女などより美しく、体型も東雲の好みではあるが、こちらから誘いたいとは思わない。一度抱けば充分だ。
 この女と結婚しても、即座にセックスレスになりそうである。さすがにそんなことは口に出さないが。
「体型はなんつうか、あなたは加点対象だと思いますよ。そりゃ好みもありますけど、あなたくらいの身体が好きな男は多いはずです。だから問題はそんなことじゃなくて、お互いがその気になる努力つうか」
「若い頃から思っているのだが」
 眉がわずかに寄って、気難しげな表情になっている。
「こうした行為を好むのは、男だけであって、女はそれに付き合っているだけではないのか」
「うわ! そのレベルかよ!」
 不感症の女の言い分そのものである。
「じゃあなんで誘ってくるんですか」
「最中のお前の顔が、一生懸命で面白いものだから」
「ああ、くそう、まあそのへんも楽しみの一環であることは否定できねえな。いや、これは責任を持って断言します。世の中にはものすごい淫乱の女が結構います」
「……そうか。……私の身体がおかしいのだろうか」
「開発の問題だと思うんですけどね。あなた多分、紳士的つうか、格好つけた男としか寝ないでしょう。一回、ものすごいゲスな男とかと付き合ってみたら、色々教えてもらえるんじゃないですか」
「お前は違うのか」
「なんでいちいち俺にダメージ見舞ってくるんですか?」
 沙羅はきょとんとしている。天然なのだ。麒麟児であるから、それで許されてきたのだろう。
「つうか別に、俺だって本気出そうと思ったら、えげつないこともできますが、あなた相手だと遠慮しちゃうんで」
「言い訳か?」
「全身の穴に一発ずつキメたろか」
「それは楽しいのか」
「俺は楽しいですが、あなたには屈辱的でしょうし、たぶん痛いと思います」
「……では嫌だ」
「こういうことは、男じゃなくて、女に相談した方がいいんじゃないですか?」
「……だから。此紀や万羽は……体型が。その」
 このあたりに、沙羅の無自覚な気位の高さが現われている。
 一族の中に、女は他にも大勢いる。だが、もっともレベルの高い女のみが、沙羅の視界に入っている。それ以外の女は、その他大勢、とでも処理されているのだろう。
 自分が女ならば、沙羅のことは好きにはなれまい、と何となく思った。
 男から見れば、そう気にもならないが。
「そんなに体型が気になるなら、昔みたいにジョギングしますか。付き合いますよ」
「……運動は向かない」
「なんて都合がいいんだ。ところで、化粧は落とさないで寝るんですか?」
「……既婚の男と同じことを言う。独身の男は、まずそこに気付かない」
「親父の厚化粧を手伝うことがあるんで」
「寝化粧だ。男の部屋に来る時のマナーだろう」
 本格的に、女から嫌われそうな女である。美意識の高さが中途半端で、しかも、男に好かれるポイントだけは押さえている。
 男の東雲にもこれだけ分かるのだから、女の目からは、もっと多く、気に障る点が見えるはずだ。
 蘭香あたりをつつけば、沙羅への悪口が溢れ出すことだろう。
 沙羅はこれで、気に入った男に対しては、そこそこ熱心だ。
 そして、ほとんど努力をせず、率直に手に入れる。この顔と肉体、そして、普通の女とは明らかに異なる、絶妙に男の興味を引く言動によって。
「今、女の気持ちになってあなたのことを考えてみたんですけど、チョームカつきますわね」
「そうか? あまり嫌われた記憶もないのだが」
「そりゃあなたの耳に入るようには言わんでしょうよ。まあ、俺は女じゃありませんし、どうでもいいことですが。掛け布団分けてください」
「お前と同じ布団を使うのは嫌だな」
「ええー無茶苦茶言う! 何この女! 俺の部屋の、俺の布団なのに!」
「予備の毛布くらい無いのか」
「あるけど! そういう問題じゃないっつうか! マナーは!?」
「恋人同士でもあるまいに、なぜ終わったあとまで一緒に寝なければならないんだ」
「俺の台詞でしょう! ならなんで泊まるんですか!」
「部屋に戻るのが面倒だからだ」
「ああーこういうワガママな側面に釣られちゃうオッサンとかがいるんだろうなあ」
「……まあ」
 ちらりと視線を送ってきた。
「どうしてもと言うのなら、一緒に寝てもいい」
「はあーそういう手で行くわけですか。有効ですね。尊大でツンデレか」
 沙羅の呼吸のタイミングを見計らって、布団を引きはがした。即座に腕を押さえつける。白く柔らかい腕だ。
 認めたくはないが、東雲はこの妹弟子に、堂々と腕力で勝つことはできない。不意を突いた一瞬で、マウントを取った。
 顔を歪めた沙羅が、何か言おうと開いた唇を、恋愛映画のように塞ぎに行く。舌を噛まれたら師に泣きつこう、と考えながら。
 幸い、そうなることはなかったが。
 東雲が顔を離すと、沙羅は複雑な表情を浮かべていた。驚きと、嫌悪と、困惑と、おそらくは少しの照れだ。
 沙羅はキスを好まない。東雲と唇を合わせたのは、これが初めてのような気がする。そう繊細な女であるとも思えないから、おそらく、純情さや貞操観念ではなく、単に「他者の唾液が嫌だ」だの、そのあたりが理由だろう。
 じっと、意図を窺うように東雲を見上げている。抵抗する様子はない。
「怒らないんですね」
「……どういうつもりだ? 女を征服したいのか」
「売れっ子のキャバとか、風俗の女は、だいたい同じこと言うんですよね。『時間内は恋人になってやることが仕事』っつう。それはなんか、セフレにも適用できる気がするんですが」
「ああ……言わんとすることはわかった。…………。……いや、だが、限られた時間の演技であれ、お前とそういうことをするのは、気色が悪いな」
「辛辣すぎません? じゃあもう俺のとこじゃなくて、気色の悪くない男のとこに行きゃいいじゃないですか」
「お前は勘違いをしないし、手っ取り早いから、便利なんだ」
「男女を逆にして考えてみてくださいよ。その言い分、昭和歌謡曲に出てきそうな悪い男ですよ」
「Win-Winだと思うが」
「ビジネス用語が似合わねえな。豪礼様のとこに行きゃいいでしょう」
「……冷たくされたら傷ついてしまうから」
「俺は今、押し掛けてきた女に冷たくされてるんですけど」
「…………ああ」
 ぱち、と目を見開いて、沙羅は「なるほど」と言った。
「了解した。私が悪かったな」
「仰向けになってもオッパイがでかいなあ」
「謝っているのだから、きちんと聞け!」
 腕を振りほどかれた。そこそこ強く押さえていたのだが、やはり勝てない。
 沙羅はまあ、現代の女の標準と比べれば、太っている方だろう。
 しかし、触り心地からすると、筋肉もそこそこ乗っている。これはもう、こういう体質なのだろう。絞ろうと思えば絞れるのだろうが、脂肪だけ落ちると、アスリートに近くなってしまうはずだ。
 その例がおそらく、万羽だ。全身のラインは完璧に近いが、胸や尻の線が、ややきっちりと整いすぎている。筋肉によって支えられているのだろう。
 沙羅がコンプレックスを抱いているもう片方の女、此紀は、こちらは天に愛されたのだろう。手足が長く、腰がくびれ、太ももが柔らかく張っており、胸が揺れる。腹筋は割れているという噂だが、拝んだことはない。
 東雲の下から這い出して、沙羅は布団の上に正座した。
 こうして足の長さが隠れると、いよいよ太って見える。言わないが。
「不束な女だが、よろしく頼む」
「いやそれは違う。俺の思ってたのとだいぶ違う」
 沙羅は少し考えるように首を傾げて、足を崩した。しなを作って、頬を押さえ、斜めに見上げてくる。
「なんでグラビアっぽいポーズになったんですか」
「ちょっと待て。今、台詞を考えている」
「なんか違う。別にイメクラ的なサービスを要求してるわけじゃないんですよ」
「……文句の多い男だな」
「普通にこう、腕枕とか」
「男はどうも勘違いしているようだが、あれは首が痛くなるだけだ」
「いやそれは色んな女から聞いてますけど、それこそ雰囲気ものでしょう。ほれ」
 東雲が寝転がり、腕を伸ばすと、沙羅は渋々という表情で頭を乗せてきた。
 シャンプーと、抹香のような匂いの混じった、沙羅の香りがする。
「……首が痛い」
「俺だって腕が痛いですが、雰囲気です」
「双方が損をしている。Lose-Loseだ。意味がない」
「あなた愛人と泊まる時とかはどうしてるんですか」
「別の布団か、ベッドが一台しかないときは離れて寝る」
「なんだこの女は」
「大体、なぜ私がお前の腕の中で寝なければならない? 身長はたいして変わらんだろう。逆でもいいはずだ」
「ぜんぜん学習しねえし。身長の話はやめてください」
「お前の身長の話ではなく。私の腕枕でお前が首を痛めてもいいだろう、ということだ」
「重いっすよ」
「頭の重さはそう変わるまい。……ほら」
 東雲の腕を押しのけて、腕を伸ばしてくる。
 仕方ないので、そのふわふわとした二の腕に頭を乗せた。
「うわ、首が痛い、つうか、体重かけないように気ぃ遣うせいで、首の筋が攣りそう」
「そうだろう。……ふふん」
 笑って、東雲の髪をくしゃくしゃと掻き回してきた。
「薄いところはないな。金髪の男は、それを隠すために脱色していることもあるが」
「髪は強いですよ。親父譲りです」
「男のわりに、ずいぶん甘い匂いのシャンプーを使っているな」
「シャンプーつうか、ワックスの匂いだと思いますよ。親父と共用なんで」
「ファザコンか」
「全然ファザーじゃなくないっすか、あれ」
「ふふふふ」
 何が面白いのか、東雲の頭を触り続けている。
 おそらく、主導権を握ることが好きなのだろう。女の手で撫で回されるのは、どちらかと気持ちが良いため、放っておく。頬に乳房がむにゃむにゃと当たるのも、もちろん悪くなかった。
「望んでた雰囲気に寄ってきた気がします」
「そうか。……動物を手懐けたような気分だ。ふふふ」
 うりうりとこめかみを押してくる。これも、心地良いと言えなくもないため、黙って押されておいた。
「毛色からして、虎か? 虎にしては牙がないな」
「入れ墨は龍ですが」
「ははは。龍。はははは」
 これほど機嫌の良い沙羅は初めて見るような気がする。いや、顔は見えないが。腕に抱き入れられているせいで、目の前は広大な乳で埋まっている。
「ご機嫌っすね」
「いつも見下ろされているからな。わずかな身長差で」
「また言った!」
「ふふふ。たまに見下ろすのは気分が良い。……ふふん。男が腕枕をしたがるのは、こういうわけか」
「それはどうかなあ。男は原則として、普段から女を見下ろしてるわけですし」
「腕の中に生き物がいるというのは、こう、本能的な快感がある」
「肉食獣っぽいな」
「肉食獣だ。ふふふふ。お前が弟弟子だったら、きっと可愛がっただろうな」
「兄弟子でも可愛がってくださいよ」
「だから、可愛がっている。よしよし」
 頭を撫で回される。雰囲気は好ましいが、父親や師には絶対に見られたくない姿だ。
 フラグは即座に回収された。
「おーい」
 特に悪い方だった。すぱんと襖を開けてから声を掛けてくるのは、父の癖だ。
 沙羅の腕に抱かれているため、顔を上げることもできない。声だけが聞こえる。
「あゴメン。邪魔したか」
「借りている」
「どうぞどうぞ。まあ甘えちゃって。そんなに巨乳がいいかよ。悪かったな持ち合わせてなくて」
 うるせえ、一秒でも早く去れ、と言いたかったが、沙羅の肉に阻まれて、声は伝わるまい。
「そんなに巨乳がいいかよ!」
 もう一度言っている。
「……お前が巨乳でも意味ねえよ」
 沙羅の胸の中で呟いたが、もちろん父には届かない。
「お前が巨乳でも意味はないそうだ」
 伝達された。
「親不孝者め」
 よくわからない憎まれ口を叩いて、やっと父は襖を締め、去って行った。
「あーもう。三日くらいは顔を合わせにくいな」
「さほど気にしていないようだったぞ」
「俺は気にするんですよ」
「よしよし。……子供というのも良いものかも知れんな」
「父性に目覚めるにしても、俺を子供に見立てないでくださいよ」
「母性と言え」
「微妙な問題っすね」
「子供はまあ、私は作らんだろうが。弟弟子が欲しいな」
「それは克己様に頼んでくださいよ。つうか、あなたなら自分で従者を取ってもいいでしょう」
「そんな責任は負いたくない」
「うわ、ペット飼わせたらダメなタイプだ」
「だからお前で妥協している」
「あー。猫可愛がりされてるんですかね、これ」
「そうだな。虎は大型の猫だ。にゃーん」
「上機嫌な時はこんなんなるんだ。知らなかったし、上機嫌になるスイッチもよくわからん。変な薬とかやってないでしょうね」
「あれは美容に悪いそうだ。汗の匂いも変わるらしい。お前もやめておけ」
「絶妙に本格的な筋から聞いたような情報をどうも」
「にゃるほど。たまには恰好をつけない男と付き合うべきだな。新しい発見がある」
「なんか望んでた方向とズレて来たなあ」
「不満か?」
「やや複雑に幸福です」
 この妹弟子と東雲は、おそらく磁石のS極同士なのだろう。趣味の方向性は似ているが、そのために噛み合わない。
 たまにはN極になるのも悪くはないが。
 東雲がそう言うと、沙羅は「ふふふ」とまた笑った。
「お前はEだろう」
「……東の雲だからですか? オッサンですか?」
「にゃーん」
 猫を撫でるように、首の後ろをくすぐってきた。
「俺触って何が楽しいんですか。刹那様の猫でも借りてくりゃいいでしょう」
「大きい方がいい。……なんだか心が満たされてきたな」
「そりゃ良かった。満たされてなかったんですか?」
「満たされてから、満たされていなかったことに気付いた。寂しかったのかも知れん」
 普段、そんなことをするりと口に出す女ではない。本当に機嫌が良くなったのだろう。
 うにゃうにゃと言いながら、東雲の耳のピアスを触ってきた。
「去勢された猫は、ピアスを着けていると聞いたことがある。いや、メスの避妊だったかな? オスは耳を切るのだったか」
「切らないでくださいよ」
「お前は良い。親猫がいるから」
「あの頭ぐるぐる女のことですか? あいつの猫目はカラーコンタクトですよ」
「右近がもうひとり子供を作ったら、間接的に、私の弟弟子にならないだろうか」
「そのシステムだと、西帝君が神無様の従者になりますよね」
「にゃーん」
 ぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「普段が普段だから、まあギリ可愛いですかね」
「どういう意味だ」
「ツンデレのデレ時間だと思えば貴重ですが、普通の女にされたら鬱陶しい」
「失敬な男だ。お前が望んだのだろう」
「方向性が違うつうか」
「愛玩動物では不満か? お前が私のものになるのなら、愛を囁いてやってもいい」
「誰かの専属になるのは、ちょっと物理的に無理っすね」
「私よりもお師様のほうがいいか」
「良し悪しの問題じゃないでしょう。あなたサディストではないんでしょうけど、飼い主体質か。独占欲が強くて、男の言いなりには絶対ならない、厄介なやつ」
「私に飼われるのならば嬉しかろう? 何のかんのと言っても、最中のお前は楽しそうだ」
「まあ、そりゃあなたは身体つきがエロいんで、興奮はしますよ。中身がもうちよい淫乱なら最高なんですけどね」
「お嬢様風で人気を博している」
「別に異論はないっすけど、昼は淑女、夜は娼婦、が永遠の男の夢でしょう」
「都合のいいことを。……私の身体がおかしいのではなければ、男の手管の問題ということだろう」
「そんなことないもん。俺の手管はお墨付きだもん」
「お前がさっき言ったのだろう」
「百戦錬磨の男に開発されきってから、また来てくれるんなら、歓迎です」
「だから」
 ぎゅう、と鼻を摘ままれた。
「お前ではいけないのか」
「二人の面倒を見るのは物理的に無理です。つうか」
 師に面倒を見てもらえば良さそうなものだが。
 これは、全員の間で禁句となっている。沙羅も気にしているらしい。
 そのために、寂しさを感じているのだろうか。そう繊細そうにも見えないが。
 ふう、と息を吐いて、沙羅はまた額を合わせてきた。
「たまに。一般に言う、こう、恋人のようなものがいるといいな、と感じる」
「いるでしょう。俺よりごっつい刺青入れてるのが何人も」
「それは愛人だ。こう、その」
「言いたいことはわかりますよ。テクニシャンより、恋人っぽい接客が上手い女のほうが売れるらしいですからね。作りゃいいじゃないですか。その恋人を」
「私はまめな女ではないから、うまく行かない」
「都合のいいときに、都合よく可愛がれる男が欲しいだけってことじゃないですか?」
「まあ。そうだ」
「ペットだし。昭和歌謡曲の悪い男だし」
「その対価として、身体を差し出しているのだが」
「ああ、全体的にガッテンしました。セックスしたいわけじゃなくて、イチャコラしたいと」
 それを等価交換で手にしようとするあたり、根本的に向いていないと思うが。
 いや。女には珍しいというだけで、男ならば、それこそキャバクラや風俗に行く場面なのか。欲求としてはメジャーな部類なのかも知れない。
「イチャコラ嗜好なのに、なんでキスNGなんですか? 豪礼様に操を立ててるとか?」
「いや……別に。……絶対に嫌というわけではないのだが。……なん、……いや、……」
「しゃっきりせいよ」
 父の口癖が出てしまった。
 沙羅が「うー」と唸る。
「すべて口に出さなければわからんのか。野暮天」
「さとりのお化けじゃないんで、言われなきゃわかんねえし。わかんないまま接すると、あなた怒るし」
「……いや。単に。……照れるだろう」
「にゃーん」
「にゃーん」
「それは照れないんですか? 基準がよくわかんねえ」
「たぶん、私はこう、……0か100かなのだと思う」
「猫可愛がりか、別の布団で寝るか、みたいな話ですか?」
「まあ、そうだな」
「あなたみたいなタイプの女って、本命一筋だと思ってましたが、愛人いるし、俺のとこにも来るし、わりと尻は軽いですよね」
「本命以外は数に入らないと思っている」
「うわ出た、尻軽と一途さを両立させようとする、女のズルい理論だ。女はそういうとこ怖いんだよなあ」
「……男にも同じことを言う者はいるだろう」
「ぶっちゃけ、豪礼様のどこがいいんですか? 赤ん坊の顔焼くし、子供の母親は中国の拷問みたいに繋ぐし。西帝君の目を半分ダメにした時は、さすがに引きましたよ」
「その話は有名なのか。……悪い男だとは思う。だが、善人だからといって愛されるわけではないし、その逆も。……善性や悪性は、愛にはあまり関係ないと思う」
「ああ。それは真理だと思いますが」
 愛という言葉が出たか。
 ファン、という程度なのかとも思っていた。
 この妹弟子は、あの横暴な大男を愛しているらしい。
「やっぱり顔ですか?」
「どうだろうな。気付いたときには囚われていたから、もう要因はわからない。愛を語るとき、言葉はすべて後付けだ」
「宣水様みたいなこと言いますね」
「そうだな。宣水は饒舌だが、言葉の限界を知っているのだろう。だからあれは、限界値と、その下だけを語るのだろう。限界を超えたものについては、けして語らない」
「超えたものとは?」
「あれは和泉に対して、無頓着に見えるだろう。実際は違う。和泉のことだけは愛しているから、和泉にだけは、無責任な愛で接することがないのだと思う」
「どぉーーーおかなーーーーーーあ。あれだけの目に遭ってる子供を放っといて、愛してるってことがあるんですかね」
「あると思う。……お前にはわかるまい。あの親猫を持つお前には」
「なんで親父をそんなに気にするんですか」
「お前の飼い主だからだ。右近がいる限り、お前は私の虎にはならないのだろう」
「どっちかつうと、飼い主は克己様だと思いますけど」
「お前は右近に庇護され、温室で暮らしている。そのことに気付いていないのなら、それが飼い猫の証だ」
 また、うりうりと頭を撫でられる。
「今だけは私の虎だな。この一瞬だけは」
「おっ。克己様と同じこと言ってる」
「そうか? ……そうかも知れんな。お師様も刹那主義なのだろうから」
「あなた、ちょっと強く生まれすぎちゃいましたね。たぶん」
「ときどき、自分でもそう思う。お前のことを兄弟子さまと呼び、ちょこちょこと後ろをついて回れる女であったら、もう少し可愛げがあっただろう」
 かつては、実際に東雲をそう呼んでいた。ちょこちょこと後ろをついて回られた記憶はないが。
 しっくり来ない、と互いに判断した結果、東雲が丁寧語を使い、沙羅が尊大に振る舞うようになった。
 周囲が沙羅を増長させている部分もあろう。沙羅を気位の高い女にし、弱さを封じ、麒麟児と呼ぶ。
 麒麟――動物園にいる首の長い動物ではなく、その原典である、中国の神話に登場するほう――は、ほぼ龍だ。沙羅は龍に仕立て上げられる。
 本当は、猫に生まれたかったのかも知れない。
 頭を撫で回されながら、そんなことを考えた。



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