ゆるおに 極左と極右
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極左と極右
「21 極左と極右」


「無神論の女神」



「異国の、天候を司る神が、あの男を庇護するか」
 珍しく、師は笑った。笑顔が珍しいわけではない。嘲笑という、その表情は、師の顔にはあまり馴染まない。
 母屋の奥まった場所には、序列の高い者の部屋が集まっている。神無の部屋を訪れるには、此紀の部屋を通る必要があった。
 歌声が聴こえ、珍しいと思って足を止めたのだ。そこで短い会話を聞いた。
 白威はケルト人の宗教など知りはしないが、博学なる師は、その雷神の名を知っているようだった。
「刹那は雨で死ぬ。これは変わらん」
 幾度か、聞いたことのある――それは、予言だった。
 師の予言は外れない。吉凶を問わず。
 師が死ぬと言えば死ぬのだ。要因も中る。
 此紀の施したまじないは、師の予言を退けることはできまい。
「八百万の神の誰も、この山に降る雨を止めることはできない。太陽神も雨神も、刹那にとっては死の神だ」
「雨の日に――外出を避け続ければ、刹那様は永遠の命を手にするのですか」
「この家屋は古い。豪雨で、壁は抜けよう。大きな石などが吹き込んで来れば、それは刹那の頭を砕く。身体が冷えれば病も得よう」
 予言から逃れる術はないということだ。これは執拗に、そう、弥風が神無に問うていた。未来のことがわかるのならば、回避する方法があるだろうと。
 ない、ということらしい。
 裏を返せば――これも弥風が言っていた。刹那はつまり、晴れた日には決して死なないということか、と。
 そういうことになるだろうと、伝聞のような口調で師は答えていた。
 この予言が、吉報であるのか、凶報であるのか、判断は難しい。期日が切られていないためだ。三日後ならば凶報、百年後ならば吉報となるだろうが。
 師の性格上、その期日は、知っていて伏せている、ということも考えられる。この黒い瞳には、刹那の正確な命日まで見えているのかも知れない。
 全知とは全能ではない。失敗が予見できても通される愚案があるように、慧眼は流れを曲げえない。
 師の名は、旧暦の十月――神無月に生まれたことに由来する。
 八百万の神々が出雲へ集うため、不在となる期間。神の無い月。集う先の出雲地方でのみ、神在月(かみありづき)と呼ばれるのだそうだ。
 白威の名は、一字を父から継いだ。勇ましい二文字目には、女を守る男になるように、との意味が込められているらしい。
 名に容貌が合っていない、と言われたことがある。回数は多くはない。白威の名など、知らぬ者の方が多いためだ。
 どちらかというと、兄弟子の――豪礼の血筋に見られそうな名ではある。皇ギの時点で相当だと思ったが、西帝という大仰な名を、よく年寄り連中が許したものだ。もっとも、その名付け親自身が重鎮位にある。異を唱えられる者はなかったのかも知れない。
 兄弟子の名は、音はさほど重くはない。斎を観る者、と書く。姉弟の名と照らし合わせると、斎王の護衛官あたりを意図して付けられたのだろう。
 字の意味だけならば、白威と同じ分類と言って言えなくはない。数年前、ふとそんなことに気付き、誰に言うでもなく忘れていた。
 兄弟子と白威の仕える斎王は、無印良品のマグカップで茶を飲んでいる。
「いつもより甘い」
「斎観の思いつきで、甘味料を黒糖に変えたのですが、お口に合いませんでしょうか」
「このほうがいい」
 茶は市販のものではなく、怪しげな葉を煎じ、果物の皮などで香りをつけて保管している。葉は兄弟子がどこからともなく仕入れていた。
 師は薬物を好むが、化学的なドラッグ類は――少なくとも頻繁には使用しない。かつて、一族の医師にきつく絞られたのだそうだ。いわく、腎臓や肝臓に直撃であり、代謝の鈍い体質である分だけ、後遺症が重くなるのだそうである。
 大麻類については、その医師も多少の目こぼしをする。こちらについては使用よりも、所持のほうを問題視しているようだった。確かに職務質問を受けた際などに所有していれば、拘置所へ直送である。
 もっとも、それはこの山、そして麓の村の外での話だ。村内には駐在所もあるが、その警官からのアプローチは、せいぜい敬意的な目礼である。
 駐在警官は村の一員であり、あの村の人々は、この山に住む一族への不可侵を守っている。
 彼らは、神無や刹那に対しては、特に畏敬を抱いているように感じられる。外見が幼く、老いることもなく、それでいて口を開けば厳めしいためだろう。山神とも呼ばれよう。
 都会では通るまいが、この寒村では、まだ山神も祟りも恐れられる。特に夕暮れ以降は、姿を見てはならない、とまで言われているようだ。確かに村人たちは顔を伏せる。老人から、幼い子供までもだ。
「白威」
 湯気の香りを楽しむように目を伏せて、師は言った。
「盗み聞きの癖は直した方がよかろうな。知らずに良いことを知ってしまうこともある」
 白威は黙って、頭を下げた。


 沙羅が緑茶と菓子を運んで行くと、師はテレビを観ていた。
 動物園で、虎の双子が産まれた、という牧歌的なニュースが流れている。ふわふわとした、白い猫のような生き物だ。見たまま、ホワイトタイガーというらしい。
「可愛らしいですね」
 沙羅が言うと、師は「そうだね」と微笑んだ。沙羅の配した茶を飲む。
「……少し熱いかな」
「ああっ、申し訳ありません。東雲が不在なものですから、不慣れな私が淹れてはみたのですが」
「茶葉の量も多い。いや、飲めるよ。こういうことを教えるのは、私の仕事だったのかな」
「申し訳ありません」
 確かに沙羅は、正確な茶の淹れ方など学んだことはない。だが、師に教わることでもないだろう。兄弟子に聞いておくなり、自分で調べるなりすべきだった。
 克己は嫌味を言うような男ではないから、含みなどがあるわけでもないのだろうが。
「……次からは気を付けます」
「そう気にしないで。湯呑みはいいね。緋襷の淡さが丁度いい。君の私物だろう」
「申し訳ありません。どの茶器を使ってよいのか、わかりませんでしたもので」
「うん? 嬉しいと思っているのだけれど」
 師は芸術一般に関心がないように見えるが、焼き物の良し悪しはわかるらしい。沙羅は師の、そういった一面を気に入っている。
 熱い茶を冷ましながら、克己は優しい声で言った。
「刹那の孫は双子だろう」
「そうですね。見分けがつきません。あれほどまで似ているのならば、一卵性なのでしょうか」
「そうだとしても、生まれ性別がわからないね。……普通、生まれ性別と異なる姿で暮らせば消耗する。けれどあの双子のどちらかは、赤子の頃から自然に異性の姿を作り、それに慣れているということになる。一卵性だとすれば。……当代四位の長寿の血筋だけはある、ということだろうね」
 正直なところ、さして関心のある話題でもなかった。しかし師の長話は珍しく、表情も――師の表情はいつも穏やかで読み取りにくいのだが――真剣だ。
 沙羅は黙って、続く言葉を待つ。
 師はかすかに目を細めた。
「刹那の子の、一人目もまた双子だった。それこそ、そういう血筋なんだろうね。……当時の長老は双子を疎んじた。あの方の名誉のために言い添えると、国内でも海外でも、それは珍しいことじゃなかったのだけれど。たとえば」
 ヨーロッパの王室あたりの話が始まると察し、沙羅は軽く手を挙げた。
「多産児の忌避される風習が、古今東西にあることは存じております」
「そうかい。……それで、刹那は片方を隠した」
「隠した?」
「長老は出産に立ち会うわけじゃない。……立ち会ったのは刹那と、その友だけだ」
 話の全容が見えず、沙羅は首を傾げる。
「隠すとは、離れにでも押し込めたのですか? 猫の子のように」
「典雅の子はそうされたけれど。……いや、その話じゃない。刹那は双子の片方だけを、自分の子として長老に届けた。もう片方の赤ん坊は――」
 嫌な話だ、と思った。ここまで聞けば馬鹿でもわかる。
 沙羅は子供が好きだというわけでもないが、こんな話は聞きたくはない。
 しかし、沙羅の想像とは違う方向へと、その先が展開する。
「――刹那ではなく、別の者の子として届けられた」
 その言葉の意味を噛み砕くことができず、沙羅は先程よりも深い角度で、首を傾げた。
「それは、ええと」
「刹那の子の母親は、身ごもった当初から届けが出されていたけれど、もう片方は当然、そうではなかったからね。苦労したようだけれど、そこは上手くしたらしい。女を用意して、片方の生まれ月を誤魔化して――他にもいろいろと細工をしたようだ」
 二人の者が、二人の女に、一人ずつ産ませた。
 そういう筋書きを組んだということだろうか。
 双子の片方は、刹那の正当な長子として。もう片方は――別の者の子として。当時の長老に申告したということか。
 意外だ。
 なんとなく、そのような感想を抱いた。
 刹那は周囲、特に上の顔色を窺う男だ。長老の不興を買うことなどは、それは避けたかったことだろう。しかし自身の子を――間引くようなことも、またできそうにはない。
 そこまでは理解できる。だが、その解決策が、何と言うのか、刹那という男の印象に沿っていない。
 狡猾が過ぎる、とでも言うのだろうか。
 刹那は良くも悪くも杓子定規で、基本的には堅物である。そのような方策を即座に思いつき、実行する度胸があるようには思えない。
 沙羅は少し感心した。あの融通の利かなげな男でも、自分の赤子のためには、そのような謀りごとを成すのか。
 しかし、師は「ふふふ」と穏やかに笑った。
「刹那の思いついたことじゃない。彼の友の善意と、頭の回転の速さの結果だ。双子の片方は、彼の友の子ということになった」
「――刹那の友というと」
 沙羅の産まれる以前の話だ。当時の刹那に、友が幾人居たのかなど知りはしない。
 だが、師は限りなく情報量を絞り、その分だけ、結論を算出しやすい話し方をしている。
 なぜ突然、こんなことを語り始めたのか、それはわからないが。
「君に祝福を。正確に言うのなら、情報という武器を。もっとはっきり言うのならば、脅迫材料を」
「――私の趣味には合いません」
「けれど、君の力になるだろう。それを行使するかどうかは、状況や、君の判断による。隠した刃は、数が多いに越したことはない」
「私などよりも、そう、此紀あたりに教えた方がよろしいでしょうに」
「彼女は穏健派だ。賢いけれど、政治には向かない」
「……私のほうがよほど向かぬと思いますが」
「君にはいつか、必要になるときが来る。君が望むと望まざるとに関わらず」
 師は穏やかだか、その身に流れる血は冷たいのだろう、と考えることがある。
 刹那の長子はすでに亡くなっている。その片割れはわからない。話の内容から推察すると、まだ存命であるのかも知れない。そうでなくとも、刹那と――その片棒を担いだ者の瑕疵となる。
 刹那はともかく、片棒の方は、あれで存外、すでに裏付けを取ることのできない過去であっても、それが真実であるならば、突かれると痛そうな顔をする。
 掟や規則、ルールを、確実に守る生き方を選んでいるためだ。一族における違法行為にはけして手を染めない。その行いは、すべてが順法か脱法である。沙羅の知る限りでは。
 それがあの男の、盾であり、矛であった。
 それを砕く砲身を、なぜか師は有している。
「私は君に、茶の道も教えることのできない師だったけれど。このくらいの後ろ盾は与えられる」
「私が――望まなくともですか」
「権力という力の特徴は、強奪が可能だというところだよ。現在首位の者を抜けば、自動的に、その者を上回る力を得ることになる。最小限の力で、最大限の力を獲る方法だ。そのためには」
 まずは知ることだと、そう言って、師は濃い茶を飲んだ。





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