ゆるおに Never
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Never
「27 Never」 
 

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 ここは焼かれた木々のにおいがする。

 そうつぶやいた女の声を、此紀はほとんど聞き流した。
「確かにこのあたりは木を取り除いてあるけど、焼いたわけじゃないでしょ。切り倒して、根を掘り出したのよ。じゃないと、こんなに綺麗な正方形の空き地には――」
「伐採の場面を見たわけではあるまい。お前の産まれる前より、この墓には骨が埋まっていた」
 山林の中にぽつりと、それこそ――不自然に美しく出現する、正方形の土地。草も抜かれ、平らに均された土を踏んで、神無はただ立っていた。
 一族のための簡素な墓地だ。墓標も供物もなく、骨を埋めているだけの。あまたの骨は層となり、どこに誰が埋まっているのか、もはや分かりはしない。
「――廃棄場だわ。墓地というより」
 幾度もつぶやいたことを、飽きずに繰り返してしまう。
 神無は退屈そうに鼻を鳴らした。
「見舞う者があれば、墓だろう。生者がどう思うかだ。死んだ者に、形なぞ関わりはない」
「その生者である私が、これはあんまりだと思っているのよ。向こうの処理場よりは綺麗というだけの、空き地じゃないの」
「墓石を置けば満足か?」
 この問答には意味がない。神無は関心がないのだろうし、此紀が怒ったところで、エネルギーの浪費だ。
 黒髪を風に流している、その小作りな横顔を見つめる。なるべく、無感情に見えるように。
「何の用なの。墓参りにしては、タイミングが重なり過ぎるんじゃない?」
「そうだ。お前を追ってきた。ここは境目だから」
「前も話したわね。そう、物理的な結界の境目よ。それともかけているの? 生と死の境目に」
「そうとも言える。お前が呪われていることを案じている」
「――あんたもそう言うの。私が、先生の亡霊に呪われていると」
 怒るまいと務めても、声は尖った。
 神無は涼しげに風を受けながら、何も言わない。
 ――都合よく風が吹くわね。
 そんなことを考える。神無はいつでも、そのさほど長くはない髪を、都合よく靡かせているような気がする。横顔が絵になっている。
 それはもちろん、神無ほどには絵にならない者の、ひがみというものだろうが。
 生者が黙ると、森の音だけが聴こえる。風に吹かれる木々の葉の、呼吸しているようなざわめきだ。木霊というものが居るのならば、この四方を伐採した――あるいは焼き払った俗物の、子孫である自分たちを呪うのだろうか。
 そうだとすれば、此紀を呪う者の、なんと多いことか。
「呪いというのは何? 克己の、致死の呪いは」
「克己?」
 すう、と神無は此紀に顔を向けた。その整った口元が歪む。嘲笑に見えた。
「あれは催眠と毒だ。お前も知っているだろう。あいつの呪いとは、神秘の口裏合わせだ」
「そう――やっぱり、そうなのね」
「お前の足元を絡めるものこそ、からくりのない呪いだ。誰もお前を痛めつけないが、お前は苦しむ」
「何の用なの」
 もう一度問う。
 神無は少し首をかしげて、妙に愛らしく目を見開いた。
「お前は不思議だ。手妻の種を知りながら、すすんで騙される。それでいて、西洋の医術なぞを学ぶ。神秘を暴きたいのか、守りたいのか」
「サンタクロースがいればいいなと思いながら、子供にプレゼントを買う感じよ」
「なるほど。だから祝詞か」
「――そうよ。先生の見せてくれる夢は、それは美しかったから。実現できないと分かっていても」
 神無はまた、首をかしげた。
「そこが解せない。お前が呪われるほどの男ではなかろう」
「言ったって伝わらないわよ。あんたの言うように。語るほど遠ざかるんでしょ」
「そうだな。ところで」
 拍子抜けするほど軽く、神無は話題を切り替えた。
「近く、迷い子があるだろう」
「巫女様の予言? 抽象と具象と、どっち?」
「具象だ。言葉の通り、子が迷い込む。お前が駆り出されるだろう」
「――迷い込むって、つまり、人里から?」
「そうだ。異境から。娘だ。だから俺は関わらない」
 神無の話法は独特で、短い言葉に情報を詰める。誤解を嫌うのだろう。それにしても、断片的だ。
 仕方なく、神託の解釈を引き受けることにした。
「迷い込むって、あんなに私有地の立て看板を置いてるのに? だいたい、こんな寒村に――もしかして――犯罪とか?」
「それは知らん。だが、騒ぎになれば弥風がうるさい。あれも神経質なことだ。山狩りでここが見つかるのなら、とうに焼き払われている」
「山狩りをされるだろうけど、放っておけと、あの神経質な暴君に進言しろっていうこと?」
「山狩りを許せば、刹那の咎だ。吊るし上げられよう。あれに恨みがあるのならそうしろ」
「つまり、刹那が吊るされないように、山狩りを阻止しろとの仰せね。最初からそう言いなさいよ」
 神無は目を逸らした。照れているのかもしれない。見かけほどに心の冷たい女ではない。
「山狩りの阻止っていうと、駐在を丸め込めっていうこと?」
「駐在よりも警察署、それよりも親だ。幼子の失踪は、親の届けがなくては明かされない」
「今日はずいぶん具体的じゃない。通俗的だわ」
「俺はいつも同じだ。違うのはお前の側だろう」
「じゃあ、ねえ、永遠の話をしてよ」
 此紀がそれこそ幼子のような声を出すと、神無は素直に驚いたような表情を浮かべた。
 やはり、今日はずいぶん通俗的だ。身にまとう神秘性が薄い。
「永遠だと?」
「あるいは、転生の話を」
「転生?」
 美しい顔が歪んだ。
「転生だと? 汚らわしい」
「汚らわしい?」
 その奇妙な――強い響きの言葉は、神無には似つかわしくない。
「どうしたの? 今日は中の人が違うの?」
「何を言っている?」
 気の違った者を見るような目。俗人のようなリアクション。
 表裏一体なのかもしれない、と此紀は考える。普段は此紀が俗物で、神無は超越者だ。今は何かが少しずれて、反転しているのかもしれない。
「なるほど。神秘の正体なんて、そんなものなのかもしれないわね。幽霊は枯れ尾花だし、呪いは毒物、ご神託は狂人の寝言。それにしては当たるけど、マクロで見れば誤差の範囲なのかも」
「気色の悪い女だ」
「いつもはあんたがそう思われてるのよ。転生が汚らわしいというのは何? 反仏教なの?」
「神仏なぞどうでもいい。転生とは、繰り返すということだろう。それは汚らわしいことだ。許されない」
「激しい反応ね。そして厳しいわ。私は――転生を信じたい。また先生に逢えるなら」
「それが汚らわしいと言う!」
 森の木々が、ぴたりと音を止めたような気がした。
 怯えるように。
 黒い瞳孔を開いて、神無は此紀を睨んでいる。
「お前を――見損なう」
「何がそんなに逆鱗に触れたの。あんたに見損なわれるのはつらいわ。私が間違っているなら正してよ」
「お前はもう幼子ではない。甘えるな」
「転生を夢見ることができないなら、今この時を、よりうまく生きるしかないじゃない。それとも、あんたは男にしかチャンスを与えないから、私は救済の対象じゃないの?」
「ふん」
 聞き分けのない子供を見るような眼差しで、神無は侮蔑を現わした。
「お前は昔から女だな。卑しく顔を使い分ける」
「なんですって?」
「俺は祝詞の術式を知らん。呪いは同門に解いてもらえ」
「名指しじゃない」
「典雅はお前に甘い。あいつは女にすげないが、お前のことは気にかけている。どうせ寄りかかるのなら、死んだ男よりも、生きている男を選べ」
「典雅と共依存のように生きるのは、汚らわしくないというの?」
「何が悪い? 互いを慈しんで生きるがいい。お前たちは血縁でもない。誰もお前たちを罰しない」
「なあに、血縁だと罰するの? 意外な倫理観だわ」
「リーンカーネーションは、ウロボロスの姿であろうが。自らを食らう蛇。貪欲に肉を得、食らい続ける。血縁と番うのは、その姿に酷似している」
「ああ、なんとなく……言いたいことはわかる気がするわ。……多くの肉を求めるな、ということよね」
「その肉はいずれ腐る。腐肉を食らい、どんどん身を腐らせ――それを繰り返す。おぞましいことだ」
「そういう地獄があるわね。黒肚処とか」
「地獄なぞ、死んだことのない者の空想だろう」
「風刺として価値を見出しているんじゃないの? 黒肚処は、そう、自らの肉を食らい続け、そして蛇にも食われるという地獄よ。食われた部分は再生する。あんたの嫌悪と一致を見てるじゃない」
「陳腐ということだろう。誰でも思い至る、平凡なおぞましさだ。だから、お前がそれを望むのならば見損なう」
「私を地獄から救おうとしてくれているの?」
「お前を堕としたい者はない。お前に餓鬼の地獄は似合わない。――考えることだ。祝詞の亡霊は、もはや祝詞ではない。あれはお前を地獄へ連れゆく男ではなかった」
 この小さな女は、ときどき悪辣なことを言うが、本質的には善女だ。聖女なのかもしれない。弱き者、そして、過ちを犯す者を救おうとする。
「私たちは鬼を自称するけれど、地獄は嫌うのね」
「鬼も神仏も変わらん。便宜だ。すべては生者のためにある。万羽の阿呆でもわかることが、なぜお前にはわからない?」
「死者が――どこかで待っていてくれないと、困るから。来世でも、地獄でもいい」
「朽ちた考えだ。この世でもっとも尊いものは、赤子だろう。その無垢たるを守れ。老いた亡霊を詰めることは、許されない」
「同じ魂が輪廻を繰り返すのなら、新しい魂の産まれる余地がないということね」
「違う。言葉にすると遠ざかる」
 怒ったように言って、神無は眉間を歪めた。
「不愉快だ。よりによって、お前や宣水が間違える。なぜわからない? お前たちは馬鹿ではない。なぜ豪礼の畜生にさえ劣る?」
「出たわね、ホットワードが。豪礼は優れているの?」
「そのことが理不尽だ。地獄に堕ちるべきはあの男だろう。なのに、なぜ――お前たちが」
 風が吹き、木々がざわめきを取り戻して、その声はかき消された。
 悲しそうに聴こえたが、木霊のしわざだろう。






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